
「完璧な私」
佐々木美咲は、誰が見ても「リア充」だった。
有名企業に勤めるOLで、毎朝カフェでラテを飲みながらSNSをチェックし、仕事帰りにはおしゃれなレストランで友人たちと食事を楽しむ。
週末は彼氏と旅行し、インスタには「#映え」のタグ付きで絶景の写真を投稿する。
コメント欄には「素敵!」「憧れる♡」の文字が並ぶ。
美咲は満足だった。
少なくとも、昨日までは。
今朝、美咲は違和感を覚えた。
いつも通り、カフェでラテを飲んでいると、隣の席の女性がスマホを見ながら呟いた。
「……この人、私とまったく同じ投稿してる」
気になって覗き込むと、画面には美咲のSNSが映っていた。
しかし、その隣に並ぶ別のアカウント。
アイコンは美咲の顔と瓜二つ。
投稿内容も、写真も、まるでコピーのように同じだった。
ハッシュタグまで、一言一句違わない。
鳥肌が立った。
「え、なにこれ……?」
急いでスマホを開き、自分のアカウントを確認する。
フォロワー数、投稿数、すべて変わりない。
けれど、その「そっくりアカウント」も、全く同じ内容を発信していた。
「誰かのイタズラ……?」
美咲は震える指で、投稿者のプロフィールを開いた。
そこには、こう書かれていた。
『完璧な私』
気持ちが悪くなった。
それでも、気のせいだと自分に言い聞かせ、美咲は仕事へ向かった。
会社に着くと、同僚の彩奈が笑顔で話しかけてきた。
「ねえ、昨日のレストラン、楽しかった?」
「え?」
「インスタ見たよ! リーガでディナーだったんでしょ?」
「……いや、昨日は家にいたけど?」
彩奈は怪訝そうな顔をしてスマホを差し出した。
そこには、美咲が高級レストランでワイングラスを傾ける写真が投稿されていた。
完璧な笑顔。
でも、それは美咲ではなかった。
少なくとも、彼女の記憶にはない。
「待って……」
自分のアカウントを開く。
そこには、昨日の夜の写真がアップされていた。
『大好きな人と素敵なディナー♡』
しかし、そんなディナーは、していない。
コメントには「羨ましい!」「リア充すぎる♡」の声。
だが、美咲は気づいた。
写真の中の「美咲」は、少しだけ違う。
彼女より、少しだけ顔が整っている。
笑顔が、ほんの少しだけ完璧すぎる。
その日から、美咲の「完璧な私」は、勝手に動き始めた。
投稿される旅行先。
存在しないディナー。
知らない彼氏とのツーショット。
すべて、彼女の「理想の美咲」だった。
フォロワーはどんどん増えていく。
けれど、美咲の実生活は、何も変わらない。
いや、むしろ空っぽになっていく。
現実の美咲が何をしても、「完璧な美咲」が先に投稿してしまうのだ。
そして、ついに。
彼女がスマホを手に取ると、
『このアカウントはログインできません』
画面に、そう表示された。
代わりに、通知が一件。
『あなたは、もう必要ありません』
そして。
画面には、「完璧な美咲」が微笑んでいた。
彼女より、ほんの少しだけ美しく。

※こちらのショートストーリーはフィクションです