
AIと銀行員
ある日、銀行に勤める中堅社員の坂口は、人事部に呼ばれた。会議室には、部長ともうひとり、見慣れぬ人物が座っていた。
座っていたといっても、リモートワークのように画面の中に座っていた。
「紹介しよう。こちら、AI顧問のオカベくんだ」
オカベと名乗る男は、真っ白なスーツを着て、終始無表情だった。
「今日から彼が、人事と業務の最適化を担当する」
翌日から、社内の雰囲気が変わった。書類は不要になり、会議はすべて短くなり、誰もがAIが発する「業務最適化レポート」を気にしながら働いていた。
三週間後、坂口は再び会議室に呼ばれた。オカベがいた。
「坂口くん。残念だが、君の業務はAIに置き換え可能と判断された」
「私の仕事は、顧客対応です。心の通ったやりとりが——」
「記録を見ると、先週あなたが“心の通った”と形容した対応では、融資が3件断られました。AIなら感情を入れず、数字で判断できます」
その日から、坂口は出勤しなくなった。
数年後——
坂口は、ある地方都市の再開発エリアにいた。今やすべての銀行窓口はAIが担当し、行員は姿を消していた。
彼は静かに歩き、ATMの横に設置された相談ブースに入った。端末の画面が点灯する。

「ご用件をどうぞ」
坂口はマイクに向かって言った。
「法人融資の件で、特別な条件を交渉したい。AIにはない判断を期待している」
「……解析中。お待ちください」
しばらく沈黙が続いた。やがて、画面に先日見たばかりの、あの顔が映った。
「こんにちは。AI顧問のオカベです。実は、こちらも交渉力のある元銀行員を探しておりました。条件によっては、再雇用も可能です」
坂口は目を細めた。
「なるほど。つまり、人間のように交渉できるAIに、最後は人間が必要になると」
「ええ。なにせ——私を設計したのも、あなたの判断基準でしたから」
坂口は笑った。そしてこう答えた。
「では、その融資の件。まずは、心を込めてご説明しましょうか」
※こちらのショートストーリーはフィクションです。