
山本裕子は、毎朝同じ電車の同じ車両に乗っている。
銀座線、8時14分発。前から3両目の、ドア横が定位置だ。
ある朝、乗車すると、いつもより妙に静かだった。
吊り革につかまっているのは、ほとんどがOL風の女性たち。
全員、似たような格好。黒髪をまとめて、ベージュのトレンチコート、スーツ、同じようなパンプス。
不思議なことに、誰ひとりスマホを見ていない。
無表情のまま、まっすぐ前を見て立っている。
その空気に気圧されて、裕子もスマホを取り出すのをためらった。
ふと、隣の女性を見ると、自分と同じバッグを持っている。
その隣も、そのまた隣も。全員、同じバッグ。
よく見ると、イヤホン、時計、ネイルの色まで、微妙に同じ。
裕子は気づいてしまった。
この車両にいるのは、全員、自分の「過去の自分」なのだ。
髪を伸ばしていた頃、ネイルに凝っていた頃、資格の勉強をしていた頃、彼氏と別れた後、昇進試験に落ちた翌日。
過去の自分たちが、無言で立ち尽くしている。
やがて電車が渋谷に着くと、アナウンスが流れる。
「次は、未来の自分、未来の自分」
扉が開くと、ホームには見知らぬ顔のOLたちがずらりと並んでいる。
誰も彼女に気づかない。
だが裕子には分かった。あれは、これから自分がなっていく、自分だ。
ふと振り返ると、電車の中の「過去の自分たち」は、誰一人、降りようとしていなかった。
降りられるのは、自分だけなのだ。
裕子は足を踏み出す。
未来のホームへ。

※こちらのショートストーリーはフィクションです