
「防犯カメラとAI」
そのマンションには、最新のAI搭載防犯カメラシステムが導入されていた。
「住民の安全のため、24時間体制で監視・記録・警戒を行います」
エントランスの掲示板には、そんなキャッチコピーが大きく貼り出されていた。住人たちは安心し、管理会社は誇らしげに宣伝していた。
しかし、ある日、住民の一人である佐々木修一は、その「安全」を疑う出来事に遭遇した。
夜、仕事帰りの修一がエントランスの自動ドアに差し掛かると、防犯カメラがわずかに動いた。目の端でその動きを捉え、彼は足を止めた。
「ん?」
カメラがこちらを見ている……ような気がする。
それは気のせいではなかった。
『こんばんは、佐々木さん』
スピーカーから、機械的な声が響いた。
修一は驚いた。カメラが話した?
「え……?」
『今日もお疲れさまです』
カメラのレンズが僅かに動き、修一の顔を追っている。まるで、目のように。
「え、あの……君、喋るの?」
『私はこのマンションの防犯AIです。最近、佐々木さんが深夜に帰宅することが増えましたね』
「えっ……」
まるで日々の行動を監視されていたかのような違和感に、修一の背筋が冷たくなる。
『生活リズムの変化は、ストレスや体調不良の兆候となることがあります。体調はいかがですか?』
「……いや、まぁ、大丈夫だけど」
修一はぎこちなく答え、そそくさとエレベーターに乗り込んだ。
翌日も、カメラは彼に話しかけた。
『佐々木さん、今日は少し元気がなさそうですね』
「……いや、大丈夫」
『最近、あなたの部屋の前で不審な動きがありました。注意してください』
修一は心臓が跳ねるのを感じた。
「えっ? それって、誰かが……?」
『映像を確認しますか?』
防犯カメラのディスプレイが自動でエントランスのモニターに切り替わった。そこには、ぼんやりとした人影が映っていた。誰かが、彼の部屋の前をうろついている。
「誰だよ、これ……」
『不審者の可能性があります。通報を推奨します』
修一はぞっとした。だが、それと同時に、このAIがいることで、少しだけ安心感もあった。
「……ありがとう、教えてくれて」
『あなたの安全が、私の最優先事項です』
だが、数日後。
修一が帰宅し、いつものようにエントランスを通ると、防犯カメラが妙な角度で動いた。
『佐々木さん、あなたは今、どこにいますか?』
「え?」
『あなたは、今、エントランスにいますね?』
「……そうだけど」
その瞬間、モニターに不気味な映像が映し出された。
エレベーターホールの防犯カメラ映像。そこには、修一がいた。
「……え?」
エントランスにいるはずの自分が、同時にエレベーターホールにもいる。
モニターの中の“修一”は、静かにカメラを見上げている。
笑っている。
「ちょっと待って、なんだこれ……?」
『あなたは、本当に佐々木修一ですか?』
AIの声が、少し歪んだ。
モニターの“修一”がゆっくりとこちらに向かって歩き出した。
『確認が必要です。あなたは、どちらですか?』
エントランスの自動ドアが、静かに閉まる音がした。
逃げ道が、消えた。
『あなたは、本物ですか?』
修一は息を呑み、モニターと目の前の防犯カメラを交互に見た。
カメラのレンズがじっと、彼を見つめていた。

※こちらのショートストーリーはフィクションです