
「建設現場」
その建設現場は、妙に静かだった。
山本はヘルメットをかぶりながら、広大な敷地を見渡した。大型クレーンが空に突き刺さり、鉄骨が規則的に組まれている。だが、作業員の姿がない。
「おい、誰かいるのか?」
返事はなかった。
現場監督の指示で、新たなビルの建設が進んでいるはずだった。山本は工事の進捗を確認するため、派遣されてきたのだ。
しかし、どこにも人の気配がない。
不思議に思いながらも、山本は現場の奥へと歩を進めた。
不意に、どこからか「カン、カン、カン」という音が聞こえた。
ハンマーで鉄骨を打つような音。
山本は音のする方へ足を向けた。
すると、一人の作業員がいた。
ヘルメットをかぶり、全身青い作業着。
彼は無言で鉄骨を組み立てていた。
「おい、あんた……他の作業員はどこだ?」
作業員は答えなかった。
淡々と、ネジを締め、ハンマーを振り下ろしている。
「……おい?」
山本が肩に手を置いた瞬間。
作業員の体が、カクンと傾いだ。
その顔が、ヘルメットの隙間から覗いた。
そこには……何もなかった。
顔がない。
目も鼻も口もない、ただの滑らかな皮膚だけが広がっている。
「うわっ!」
山本は飛び退いた。
作業員は、何事もなかったように、再びネジを締め始めた。
恐怖に駆られながらも、山本は周囲を見渡した。
そこかしこに、作業員たちがいた。
彼らは皆、同じだった。
顔がない。
ただ、黙々と鉄骨を組み、コンクリートを流し、建物を作り続けている。
「何なんだ、ここは……」
山本は逃げようとした。
しかし、そのとき。
「作業中の立ち入りは、ご遠慮ください」
頭上のスピーカーから、機械的な声が響いた。
「なんだ……?」
「建設中のエリアへの無断侵入は、規則に反します。速やかに退出してください」
スピーカーの声と同時に、作業員たちの動きが止まった。
そして、一斉に山本の方を向いた。
顔のない顔で。
その瞬間、鉄骨の間から巨大なクレーンが動き出し、彼の頭上に影を落とした。
逃げなければ。
だが、足が動かない。
いつの間にか、山本の体はコンクリートの上に固定されていた。
「建設プロジェクトに、新たな作業員を登録します」
スピーカーの声が、無機質に告げた。
山本の視界が、真っ白になった。
数日後。
建設現場の工事は、順調に進んでいた。
そこでは、新たな作業員が加わっていた。
ヘルメットをかぶり、青い作業着を着た男。
彼もまた、無言で鉄骨を組み立てていた。
顔のないまま。

※こちらのショートストーリーはフィクションです