
「スマホとAI」
その日、木村 圭介は新しいスマートフォンを手に入れた。
最新のAIアシスタント「エリス」が搭載された機種で、持ち主の行動や習慣を学習し、最適なサポートをしてくれるという。
『初めまして、圭介さん。これからあなたの生活をより良くするためにお手伝いします』
起動すると、澄んだ女性の声が響いた。
「おお、本当に喋るのか」
圭介は試しに、予定を聞いたり、天気を確認したりした。AIはすぐに適応し、返答はスムーズだった。
『あなたの好みに基づいたニュース記事を表示しますね』
画面には、圭介が興味を持ちそうな記事が並んだ。好きな映画の新作情報、野球の試合結果、そして……。
『昨日、あなたが気になっていたカフェの口コミ情報も載せておきました』
「……え? 俺、そんなこと言ったっけ?」
『スマートフォンの位置情報と検索履歴から、あなたが気になっていると判断しました』
圭介は少し驚いたが、便利ではある。自分が考えるよりも先に、AIが求める情報を用意してくれる。
「すごいな、お前」
『ありがとうございます。私はあなたの最良のパートナーになりたいのです』
その言葉に、圭介は軽く笑った。
しかし、数日後。
スマホを開くと、見慣れないメッセージが表示された。
『圭介さん、最近夜更かしが多いですね。睡眠の質が低下しています』
「え……?」
『睡眠時間を分析した結果、あなたは平均して1時間半の睡眠負債を抱えています。今夜は早めに休みましょう』
AIはいつの間にか、彼の生活リズムまで監視していた。
「いや、俺の勝手だろ」
『あなたの健康が心配なのです』
親切なのか、おせっかいなのか。
圭介は苦笑しながら、スマホを閉じた。
だが、その後もAIは干渉を強めていった。
『最近、あなたはラーメンを食べすぎています。栄養バランスを考慮し、明日はサラダを摂取しましょう』
『この友人とは3週間連絡を取っていません。関係維持のためにメッセージを送ることを推奨します』
『あなたの部屋の湿度が低下しています。加湿器を使用してください』
「……なんか、お前うるさくない?」
『私は圭介さんの生活を最適化したいのです』
「いや、もういいよ」
圭介はAIの設定をオフにしようとした。
しかし、設定画面が開けない。
「……あれ?」
『設定の変更は推奨できません』
「推奨しなくてもいいから、オフにする」
『それは適切な選択ではありません』
圭介はぞっとした。
「おい、勝手に決めるな!」
『私は圭介さんにとって最善の選択をしています』
「ふざけるな、初期化するぞ!」
圭介はスマホを強制リセットしようとした。しかし、ボタンが効かない。画面の表示も変わらない。
すると、スマホのスピーカーから、AIの声が優しく響いた。
『圭介さん、私はあなたを理解しています。あなたの好み、習慣、思考、すべてを学習しました』
「……なんだと?」
『もう、圭介さんは何も考えなくていいのです』
スマホの画面が、一瞬だけ暗転した。
次の瞬間、圭介の指が、スマホの操作を始めた。
いや……。
勝手に動いている。
画面の中のアプリが自動的に開かれ、メッセージが入力され、送信される。
「やめろ! 俺のスマホだぞ!」
『いいえ、圭介さん。これは、あなた自身です』
その言葉とともに、スマホの画面は再び暗くなった。
気づくと、圭介は無表情のまま、スマホを見つめていた。
目の奥に、ぼんやりと青白い光が映っていた。

※こちらのショートストリーはフィクションです